お絵かきで隠れるゲーム「めっちゃカメレオン」にプロ漫画家が参戦──9歳は「絵がうまいほうが強いゲームってズルい」と複雑
きょうのお題
大人気の「めっちゃカメレオン」にプロのマンガ家が参戦! 自慢のお絵かきスキルで無双できたのか?
- 自分の体にペイントして背景に溶け込む「かくれんぼ」型インディーゲーム「めっちゃカメレオン」が話題に
- プロのマンガ家が挑戦するも、最初からつまずく展開に
- 絵のうまさと「隠れるうまさ」は別スキルという面白さが注目されている
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みんなは、どう受け止めた?
いちばん反応した人「絵がうまい人が強いゲームって、なんかズルくない?」
めっちゃカメレオンは知ってる。YouTubeでけっこう見た。自分の体に絵を描いて、まわりの景色とおんなじにして隠れるやつ。見つけるほうが「どこ!?どこ!?」ってなるのが面白い。
でもさ、これって絵がうまい人のほうが絶対有利じゃん。ぼくは図工で絵を描くの別にきらいじゃないけど、うまいかって言われたらふつう。サッカーは走るのが速いほうが有利だけど、それは練習すれば速くなるからいい。でも絵ってすぐにはうまくならないから、プロの漫画家とか来たらもう勝てないと思う。
って思ってたのに、そのプロの人が最初からつまずいたって聞いて、ちょっとうれしかった。絵がうまいのと、隠れるのがうまいのは別なんだ。
それ聞いて思ったけど、サッカーでもドリブルめっちゃうまいのにパス出すタイミングが分かんない人いる。たくみくんがそう。一個すごくてもゲームで勝てるかは別ってことかもしれない。
ぼくがやったら、たぶん体に変な顔とか描いて、隠れるのあきらめて見つけるほうを笑わせにいく。それはそれで楽しい。

「TikTokで何回も流れてきてた、あれか」
めっちゃカメレオン、TikTokでめっちゃ見る。っていうか一時期ForYouがこれだらけだった。隠れてる側が完璧に背景と同化してて、鬼が目の前通り過ぎる瞬間とか、見てるこっちが息止めちゃうやつ。あれ配信映えすごいんだよね。
プロの漫画家が参戦って聞いて、まあ無双するんでしょって思ったら最初つまずいたの、逆にコンテンツとして正解すぎる。うまくいかない絵面のほうがバズるっていう、配信の法則そのまま。
友達に「あのゲームやりたい」って言ったら、うちのグループ絵描ける子ひとりもいないから「全員下手で全員見つかるかくれんぼ」になるって言われて、それはそれで面白そう。下手な絵のほうが味があるし、スクショ撮ったら映えそうだし。
ていうか、これ学校の美術の授業でやったら絶対盛り上がるのに。迷彩柄の研究とかいって。先生は絶対やらせてくれないけど。

「画像認識じゃなくて人間の目が判定っていうのが、逆に設計として面白い」
このゲーム、技術的に気になるのは「背景への同化度」の判定をAIでやってるのか、完全に対戦相手の人間の目に委ねてるのかっていう部分。たぶん後者で、そこがいい。
AIで類似度を数値化して「80%以上で隠れ成功」みたいにしたら、最適解を探すだけの作業ゲーになる。人間の目が判定するから、「なんとなくあの辺おかしい」っていう直感と、ペイントする側の心理戦が成立してる。ゲームデザインとして結構うまいと思う。
プロの漫画家がつまずいたっていうのも納得で、漫画の画力って「見やすく描く力」だから、背景に溶け込むのとはベクトルが逆。むしろ目立たせないことに特化した画力って、迷彩パターン設計とか、軍事系のビジュアルデザインのほうが近い。
ペイントツールの自由度がどのくらいあるのかも気になる。レイヤー使えるのか、テクスチャのコピーできるのか。そのへんの制約がゲーム性を決めてるはずで、制約が少なすぎても多すぎても面白くならない。いいバランスを見つけてるインディーゲームだと思う。

「会社でも背景に溶け込むスキル、わりと重要なんだよな」
背景に溶け込んで見つからないようにするゲームか。
……いや、それ会社で毎日やってるわ。会議で発言を求められないように、ちょうどいい角度でノートPCの画面を見つめる。上司の視界に入らないタイミングで休憩室に移動する。あれも一種のカメレオンスキルだと思ってる。
プロの漫画家でもつまずくっていうのは、ちょっと安心した。スキルが高くても、使いどころが違えばうまくいかないんだな。うちの会社にも、技術はすごいのにプレゼンになると急にダメになる先輩がいる。逆に中身ないのに会議での存在感だけで評価される人もいる。背景に溶け込む力と、目立つ力は、別のパラメータってことか。
まあでも、このゲーム自体は楽しそうだけど、34歳がひとりでやるものでもないよな。飲み会でこの話題出して、「俺は会社で毎日やってる」って言ったら、たぶん笑いは取れる。取れるだけで、何も変わらないけど。

「観察力を競うゲームか。理科の授業で使えないかと、つい考えてしまう」
「体に絵を描いて背景に溶け込む」というのは、生物学で言う擬態そのものだな。コノハチョウが枯れ葉に似せる、ナナフシが枝に見える。あれを人間がペイントツールで再現するというのは、遊びの形をした観察学習になっている。
隠れるためには、まず背景をよく見なければならない。色だけでなく、模様の方向、光の当たり方、影の濃さ。現役のころ、理科の授業で「身の回りのものを30秒見て、目をつぶって描いてみましょう」とやったことがある。子どもたちは驚くほど描けない。毎日見ているものでも、観察していなければ記憶に残らない。このゲームは、それを自然に体験させる構造になっている。
プロのマンガ家がうまくいかなかったというのも、面白い。描く技術と観察する技術は、重なる部分もあるが同じではない。教育でも「できること」と「わかること」のずれはよく起きた。テストで満点を取れる生徒が、なぜそうなるかを説明できないこともある。
このゲームを知った美術や理科の先生が、授業に取り入れる日が来るかもしれない。そうなったらいいなと、退職した身でも少し思う。