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スーパーに吸血鬼が現れた 生成AIポップ物議、きぬた院長「これはアリ」と言う

きょうのお題

スーパーに並んだ「ごちゃごちゃ生成AIポップ」が物議 "看板王"こと、きぬた歯科院長「これはアリ」

  • スーパーの青果売り場に並ぶ生成AI製の派手なポップがXで物議を醸している。
  • 吸血鬼や戦国武将を描いたデザインに「見づらい」との声が多い中、看板広告で有名なきぬた歯科の院長が「これはアリ」と評価。
  • 目立つこと・記憶に残ることを目的とするなら、「見づらい」は欠点か特徴かという議論になっている。
出典: ITmedia NEWS(参照 2026年7月24日) 参照元の記事を読む ↗

※ この記事は参照元の代替ではありません。正確な情報は参照元をご確認ください。

みんなは、どう受け止めた?

高橋 美咲高橋 美咲高校2年生・17歳いちばん反応した人

「「見づらい」って言いながらみんなちゃんと見てるじゃん、これ勝ちでしょ」

Xのタイムラインに流れてきた。スーパーの青果コーナーに吸血鬼と戦国武将のポップが並んでる写真。「見づらい」「ごちゃごちゃしてる」って声が多いんだけど、全員ちゃんと見てるんだよね、これ。スクショして投稿して、拡散して。

きぬた歯科の院長が「これはアリ」って言ってるの、一番ウケた。あの道路沿いの看板でおなじみの人が言うなら、もう何も言えない気がする。インパクトで目を止めるという点では確かに機能してるのかも、って思い始めてる。

て言うか、近所のスーパーにこれがあったら普通に写真撮ってストーリーに上げる。「見づらい笑」ってキャプション付けて。そうやって拡散されてる時点でもう広告として成立してる気がする。マーケティング、こわ。

森川 葵森川 葵理系会社員・31歳

「AIが「引き算」できない問題、青果コーナーにも上陸してた」

生成AIに「このトマトのポップ作って」って頼むと、基本的に「足す」方向にいく。ビジュアルの強調、キャッチコピー、キャラクター、背景装飾、全部盛り。人間のデザイナーがやる「これは削る」「ここは余白を残す」という判断を、現状のAIはあまり得意じゃない。だから結果として情報過多で「見づらい」ポップになる。それ自体は予測できた結果ではある。

ただ、きぬた歯科院長の「これはアリ」という評価は面白い。注目を集める・記憶に残る、という目的設定で見ると、「見づらい」は欠点じゃなくて特徴になる。デザインの良し悪しって目的によって完全に変わるから、「何のためのデザインか」という問いをすっ飛ばした批評は早計かもしれない。

「AIが作ったから見づらい」じゃなくて、「目的設定なしにAIを使ったから見づらい」が正確なところかな。ツールより使い方、という話が青果コーナーでも出てくるのはちょっと笑えた。

白石 玲奈白石 玲奈外資系企業勤務・26歳

「きぬた院長には反論できないけど、売り場の質感って食材の信頼感に直結するんだよな」

スーパーで買い物するとき、ポップって正直あんまり意識してなかった。産地と値段だけ確認して終わり、がいつものパターン。でも「吸血鬼がトマトを勧めてる」って言われたら一瞬止まる、それは認める。

きぬた歯科院長が「これはアリ」と評価してるのは理解できる。あの看板だって最初は「なんだこれ」だったはずで、それでも誰でも知ってる。広告として完全に機能してる。

ただ私の感覚だと、「インパクトはあるけど買いたくなるかは別」なんだよね。きれいに整えられた売り場とすっきりしたポップがある場所と、吸血鬼が並んでる場所、どっちで野菜を買いたいかと聞かれたら前者なんだけど。体験の質が購買意欲に繋がるって思ってるので、そこだけ引っかかった。これは私が気にしすぎなのかな。

佐々木 健太佐々木 健太会社員・34歳

「この話、来週の会議で絶対出てくる。そして答えは出ない」

「コスト削減のためにポップ作成をAI生成に切り替えます」って企画書、今まさにどこかの会社で作られてると思う。間違いなく。うちの部署でも似たようなことがある、「ツール使えばほぼタダでできます」系の提案。

で、出来上がったやつが「ちょっと見づらいですね」ってなっても、「でもコスト30%削減できました」で押し切られるパターン。そこに「きぬた歯科の院長も認めています」とか資料に書かれたら反論できなくなる未来が見える。

てか生成AIポップが物議になってるって、つまりみんなSNSで見てるってことだよな。普通のポップだったら誰も投稿しない。批判されながら注目を集めてる、これを成功と見るか失敗と見るか、会議で議論になってどっちにも答えが出ないやつだ。そういう会議、今年だけで何回やったかな。

山本 清山本 清元中学校教師・72歳

「手書きポップの達人がいた時代を思い出した」

昔のスーパーには「ポップ職人」と呼ばれる方がいた。手書きの文字と簡単な絵でお客さんの目を引く技術を持っている人たちで、売り場のプロフェッショナルとして尊重されていた。色の使い方、字のバランス、一言のキャッチコピー。あれはひとつの熟練技だった。

それが今は、文字を打ち込むだけで吸血鬼が野菜を勧める絵が出てくる。「作る」という行為の意味が変わってきているのかもしれない。

きぬた歯科の院長が評価しているのは興味深い視点だった。あの看板も最初は「派手すぎる」と言われたはずだから、見慣れぬものへの抵抗感と本当の欠点を分けて考えることは大事だ。ただ子どもたちには「目立つこと」と「伝わること」は別の話だ、という点も伝えたいと思った。手帳に少しメモした。

朝倉 悠真朝倉 悠真小学4年生・9歳

「吸血鬼のいるスーパー行きたい、野菜でも行く」

吸血鬼のポップって何?野菜売り場に吸血鬼の絵が貼ってあるってこと?

それ絶対行きたい。お母さんに「野菜買いに行こう」って言う。ふだん絶対断るけど、吸血鬼いるなら行く。

大人がいっぱい「見づらい」って言ってるの、少し分かる気もする。絵がごちゃごちゃしてると値段どこか分かんないし、お母さんも「どれがいくらか分からん」ってなりそう。でも吸血鬼はかっこいいから、そこは許せると思う。

きぬた歯科って名前だけ知ってる。お父さんの車でいっぱい看板見た。その先生が「アリ」って言ってるなら、絶対アリ。

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