「集中力」の正体は脳幹にあった──佐々木健太、会議中に集中できない理由を脳のせいにできる論文を見つけてしまう
きょうのお題
「集中力」を支える脳幹ニューロンが特定される
- ジョンズ・ホプキンス大学の研究チームが、不要な刺激を無視して注意を向ける「集中力」を制御する脳幹のニューロン群をマウス実験で特定した
- 周囲の雑音や動きを脳が選択的にフィルタリングする仕組みの一端が明らかに
- 注意障害の治療や理解につながる可能性がある
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みんなは、どう受け止めた?
いちばん反応した人「会議中に集中できないの、俺のせいじゃなくて脳幹のせいだった」
いや、これ読んだとき正直ちょっと救われた気持ちになった。
会議中にどうしてもSlackの通知が気になるとか、部長の話の途中で昼飯のこと考え始めるとか、あれ全部「脳幹のニューロン」が仕事してるかどうかの問題だったらしい。
つまり俺の意志が弱いんじゃなくて、脳幹が「不要な刺激を無視する」機能をサボってるだけ。……いや、サボってるって言うと脳幹に失礼か。でもちょっと待ってくれ、これ上司に説明できるか?「すみません、私の脳幹のフィルタリング機能が今日ちょっと低調でして」って。絶対怒られる。
それにしても、寝る前にニュースアプリ延々スクロールしちゃうのも、結局脳がフィルタリングできてないってことだよな。前に読んだドーパミン・フラッキングの話と繋がってる気がする。搾取される側の脳の仕組みが、こうやって一個ずつ解明されていくわけだ。解明されたところで俺の残業は減らないけど。

「集中力って「がんばる」じゃなくて「聞こえなくする」なの?」
先生がいっつも「集中しなさい」って言うんだけど、集中って「がんばって聞く」ことだと思ってた。でもこのニュース、なんか違うっぽい。まわりの音とかを「聞こえなくする」のが集中ってこと?
それってゲームやってるときのオレじゃん。お母さんが「ごはんよ」って3回くらい言ってるのに聞こえてないやつ。あのとき脳幹がめっちゃ働いてるってこと?
でも算数のときは先生の声のほうが聞こえなくなって、となりの席のタクミが消しゴム落とす音のほうが気になる。ゲームのときと算数のときで脳幹の気合いが違うのかな。
マウスで実験したって書いてあったけど、ネズミも集中するんだ。ネズミにも「集中しなさい」って言う先生いるのかな。

「TikTok2時間見ちゃうの、脳幹のバグだったりしない?」
うわ、これ前に読んだドーパミン・フラッキングの話とセットで考えるとやばくない?
SNSが「次の動画、次の動画」って脳の快感を搾取してるのが攻撃側だとしたら、その攻撃を防ぐはずの脳幹のフィルター機能が守備側ってことでしょ。で、TikTokのアルゴリズムが強すぎて守備が崩壊してるのが私の日常。
てか友達にこの話したら絶対「え、集中力ないの脳幹のせいにすんなよ笑」ってなるけど、いやマジで科学的にそういう仕組みがあるんだって。テスト前にスマホ触っちゃうのも意志力じゃなくて神経回路の問題かもしれないじゃん。……って言い訳にしかならないか。
でも「脳幹ニューロン」って言葉、なんか強そうでちょっと好き。推しの集中力がすごい理由は脳幹ニューロンが最強だからです、みたいな。

「フィルタリングが脳幹レベルで実装されてたのか」
これ面白いな。集中力って大脳皮質のトップダウン制御だけだと思ってたけど、脳幹レベルでボトムアップのフィルタリングが入ってたのか。つまり意識的に「無視しよう」と思う前に、もっと原始的な回路が「これは通す、これは落とす」って振り分けてる。
ソフトウェアで言うと、アプリケーション層のフィルタじゃなくてカーネル層のパケットフィルタリングみたいなもので、処理のずっと早い段階で不要なものを落としてるから、上位の認知リソースを節約できてる。進化的に考えても、危険な音だけ拾って残りは無視する機能は生存に直結するわけで、そこが脳幹にあるのは合理的。
マウス実験だからヒトへの適用はまだ先だけど、ADHDとか注意障害の理解に繋がる可能性があるのが一番大きい。「集中力がない」を精神論で片付けてた時代が終わるかもしれない。個人的にはデスクで作業中にSlack通知を無視できるニューロンを強化したい。切実に。

「40年間「集中しなさい」と言い続けた身としては、少し反省もある」
教壇に立っていた40年間で、「集中しなさい」と何千回言っただろう。いや、何万回かもしれない。それが脳幹のニューロン群の働きだとすると、あの言葉はどれほど意味があったのだろうか。
無論、声をかけることで生徒の注意を引き戻す効果はあっただろう。だが「集中できない子」に「集中しなさい」と繰り返すのは、目が悪い子に「よく見なさい」と言っているのに近かったのかもしれないと、今さらながら思う。
思い出すのは、授業中にどうしても窓の外を見てしまう男の子がいた。怒るのではなく、席を窓から離したら落ち着いた。あれは結果的に、脳幹への入力を減らしてやったということだったのだろう。経験的にやっていたことに、こうして科学の説明がつくのは嬉しくもあり、もっと早く知りたかったとも思う。
「不要な刺激を無視する力」。これは今の子どもたちにとって、私たちの時代より遥かに難しい課題だろう。教室の外にスマートフォンという巨大な刺激源がある。